こんにちは、きりこです。
コロナ禍の様子見を経て再開した東海道歩き、浜松から始まった3日間もいよいよ最終日です。この日は前日のゴール・名電長沢駅から、藤川宿を抜けて岡崎城まで歩きました。
最終日らしく感動のフィナーレ……となるはずが、最後にしっかりオチがつきました。それはのちほど。
昨日歩いた道を、電車であっというまに
宿泊先の豊川稲荷から電車に乗って、名電長沢駅まで戻ります。

天気は快晴。車窓をぼんやり眺めていると、見覚えのある景色が流れていきます。
「ああ、ここ昨日歩いたんだ」
一日かけて、四万歩かけて歩いた道です。それが電車だと、ほんとうにあっというま。感慨深いやら、ちょっと切ないやら。文明ってすごいですね。

名電長沢駅に着いて、この日も朝8時過ぎに歩き始めました。
岡崎市に入って、間の宿・本宿へ
国道1号沿いをしばらく歩くと、青空に「岡崎市」の標識が見えてきました。豊川市から岡崎市へ。徳川家康のふるさとに足を踏み入れます。
岡崎市に入りました。雲ひとつ……はあるけれど、いいお天気

ほどなくして、冠木門が迎えてくれるのが本宿(もとじゅく)です。ここは赤坂宿と藤川宿のあいだにある「間の宿(あいのしゅく)」。正式な宿場ではないものの、旅人が休憩する場所としてにぎわったところです。
本宿の入口に立つ冠木門。ここから旧道に入ります


どう見てもここで死んでないはずの人のお墓
本宿でぜひ寄りたかったのが、法蔵寺です。家康が幼いころに手習いをしたと伝わるお寺なのですが、私の目当ては別にありました。
地図を見ていたら、あったんです。近藤勇の首塚が。
近藤勇といえば新選組の局長。東京の板橋で処刑されたはずで、板橋にはちゃんと石碑まであります。どう見てもここで亡くなっていないはずの人のお墓が、なぜ三河に。
アニメ「薄桜鬼」で新選組を知ったにわかファンとしては、これは寄らずにいられません。相方にリクエストして寄り道しました。

言い伝えによると、京都の三条河原に晒された近藤の首を同志が持ち出し、ゆかりのあった僧を頼ってこの地に葬った、とのこと。ほんとうのところは分かりません。
でも、胸像を前にして思いました。ここには、近藤勇を敬愛していた人の思いが建っているんだな、と。真偽よりも、そう信じて守ってきた人たちがいたことのほうが、胸に残りました。

法蔵寺を出て少し歩くと、本宿の一里塚跡の石柱がありました。

そのあとは国道沿いをてくてく。並走する名鉄の赤い電車が、気持ちよさそうに走り抜けていきます。朝あれに乗っていたんだよなあ、と思いながら見送りました。

藤川宿~今はもうない場所を、しっかり残す
東海道37番目の宿場、藤川宿に入ります。

格子のある家並みが続いて、いかにも街道らしい雰囲気。歩いていてうれしくなる道です。
本陣跡は広場として整備されていて、冠木門や高札場が再現されていました。建物そのものはもうありません。でも「ここに本陣があった」ということを、きちんと形にして残している。今はもうない場所を、それでもしっかり残す。その姿勢がすてきだなと思いました。

ちなみに資料館は、たしかお休みでした。行ったら閉まっている。もう私たちあるあるです。
むらさき麦
本陣跡の広場の一角に、「むらさき麦栽培地」の看板がありました。

むらさき麦は藤川の名物で、松尾芭蕉も「ここも三河 むらさき麦の かきつばた」と詠んでいます。一度は途絶えたものを、地元の方々が復活させたのだそうです。
看板には「藤川小学校の児童が大事に育てています」の文字。穂がほんのり紫に色づいていて、ちょうど見ごろでした。子どもたちが育てた麦が、芭蕉の見た景色をいまに伝えている。いいなあ、と素直に思いました。
近くで見ると、穂がちゃんと紫色。5月が見ごろです

藤川から岡崎へ、ひたすら歩く
ここからは正直に書きます。ひたすら歩いていました。
気温はそれなりに暑く、でも足はまあ大丈夫。3日連続にしては上出来です。
道中、相方が「ここがウンタラカンタラ」と何やらうんちくを語っていたようなのですが、すみません、まったく覚えていません。右から左へ、三河の風とともに流れていきました。写真も撮り忘れています。
岡崎は城下町を守るために道をくねくねと曲げた「二十七曲り」で有名なので、きっとそのあたりの話だったのだと思います。たぶん。
岡崎城~家康公のふるさと
お昼ごろ、岡崎宿(38番目の宿場)の中心、岡崎城に到着しました。
乙川の河川敷に出ると、テントやキッチンカーがずらり。ゴールデンウィークのイベントの真っ最中で、たいへんなにぎわいです。
乙川の対岸からでも分かるにぎわい。お昼はここに決定

お昼はここでいろいろ買って食べました。こういうとき相方は結構なケチモードに入るので、たしか焼きそばとか、お団子とか、そのあたりだったような気がします。
乾杯はなし。前日にしこたま飲んだので、さすがに自粛です。
お腹を満たして、岡崎城へ。お堀にかかる赤い神橋と新緑、足もとには白いツツジ。お城のまわりはどこもお手入れが行き届いていて、きれいなお城だなあと思いました。

岡崎城は徳川家康が生まれたお城。いまの天守は昭和34年(1959年)に復元されたものです。
【写真】(IMG_1216) キャプション案:岡崎城天守。松の緑によく映えます ※人物にぼかし処理が必要

せっかくなので天守にも登りました。金網ごしではありますが、眺めは上々。乙川の流れと岡崎の街、遠くの山並みまで見渡せます。3日間歩いてきた方角を眺めて、よく歩いたなあとしみじみしました。


そして、例の件が発覚
天守を降りて、そろそろ帰ろうかというころ。
相方「新幹線、何時に乗るの?」
確認しようと予約画面を開いた私は、固まりました。
・・・・・日付が、違う。
はい、前回の記事でも触れた、例の件です。帰りの新幹線の予約日を間違えていました。ここで発覚です。
慌てて予約を取り直しました。相方は責めることもなく、とりあえず駅員さんに「いくら返金されますか」と確認。返ってきた答えに「ああ、やっぱり」という顔をしていました。
旅の手配は全部私に任せっぱなしなので、あまり文句は言えないのだと思います。ありがたいような、申し訳ないような。
帰りは名鉄の東岡崎駅から。駅ではケンミンの焼ビーフンの自動販売機を発見して、最後にちょっと笑いました。

その後は新幹線で、無事に帰りました。
3日間を歩き終えて
この日の歩数は 31,162歩。
3日間の合計は、
- 1日目(浜松~二川):49,475歩
- 2日目(二川~赤坂):40,692歩
- 3日目(赤坂~岡崎):31,162歩
あわせて 121,329歩 でした。
久しぶりに歩けて、楽しかったです。疲れたけど。
今回はなんといっても、2日目においしいご飯に出会えたのが幸せでした。
まだコロナの影響が残っていた時期で、マスクは欠かせませんでしたし、「遠くから来ました」と声高に言うのは少しはばかられる空気もありました。それでも、こうして出歩けるようになったこと、また東海道の続きを歩けたことが、ほんとうによかったです。
次は岡崎から先、いよいよ尾張へ向かいます。新幹線の予約は、日付を三回確認してから取ります。
きょうも、てくてく。
コメントをどうぞ