約1年ぶりの東海道歩き旅、再開です。

昨年のゴールデンウィーク、相方の足のトラブルで薩埵峠を目前に由比で断念してから早1年。今回は2019年のゴールデンウィーク、静岡駅からのスタートとなりました。

由比〜静岡間(薩埵峠区間)をどうするか一応相方に聞いてみたのですが、「静岡から」と言い張るのでそれに従いました。というのも、相方はこの旅の前から「とろろとろろ」と言い続けており、何が何でも丸子宿のとろろ汁の名店に行きたかったようですw 一方の私は、新しい万歩計を買ったり、今で言う「ぬい活」の準備をしたりと、それはそれで楽しみにしていました。

ちなみに断念した薩埵峠は、後にリベンジすることになります。その話はまたいつか。

静岡駅からスタート

静岡駅のホームで、お供の山姥切国広と膝丸、そして新品の万歩計(髭切)と一緒に記念撮影。万歩計はもちろん「0」からのスタートです。

かつての府中宿は、江戸から数えて19番目の宿場。家康公のお膝元・駿府の城下町として、東海道最大規模を誇った宿場です。街なかには家康公顕彰四百年記念の案内板があちこちにあり、七間町などの旧町名の由来を読みながら歩き始めました。

朝のおやつは安倍川もち

弥勒の交差点を過ぎたあたりで、「元祖からみもち」の暖簾を発見。安倍川もちの老舗・石部屋(せきべや)さんです。

実は開いているとは知らずに通りかかったところ、開いていたので「これは入るしかない」と迷うことなく入店。狙って行くと店は休み、ノーマークだと当たる――旅の法則は今回も健在でしたw

朝の早い時間ということもあって、店内はゆったり。年季の入った店内には広重の浮世絵や古い写真が飾られていて、江戸の旅人気分が高まります。

初めて食べる手作りの安倍川もちは、あっさりとした甘み。そしてわさび醤油でいただく「からみもち」の味変のおかげで、美味しくペロリといただけました。

……とはいえ内心、移動の新幹線内で朝ご飯の後の安倍川餅「これでとろろ食べられるかな」と胃袋の心配をしていたのはここだけの話ですw

安倍川を渡って丸子宿へ

石部屋さんを出てすぐ、安倍川橋を渡ります。緑色の鉄橋の向こうには富士山。江戸時代は橋がなく、川越人足に担がれて渡った安倍川も、今は歩いて数分です。

東海道の松並木の名残の松を眺めつつ進むと、丸子宿に入ります。江戸から数えて20番目、東海道の中でも小さな宿場だったそうですが、道沿いには屋号の看板を掲げたお宅や、地元中学の美術部お手製の「丸子いいトコMAP」などがあって、気合いの入った通りでした。宿場町を大事にしている感じが伝わってきます。

道中、標識の上にちょこんととまるツバメを発見。家の周りではすっかり見かけなくなった鳥なので、ついつい写真を撮ってしまいます。旧街道を歩いていると、こういう懐かしい風景に出会えるのも楽しみのひとつです。

念願のとろろ汁

そしていよいよ、相方待望の丁子屋さんへ。慶長元年(1596年)創業、芭蕉の句「梅若菜 丸子の宿の とろろ汁」にも詠まれた、丸子宿名物とろろ汁の超有名店です。

到着した時はまだ開店前。名前を書いて順番待ちという流れでしたが、すでに車で来ているお客さんが結構いて、さすがの有名店ぶりに驚きました。

時間を潰しつつ順番が来て店内へ入ると、今度は店の広さにびっくり。あの茅葺き屋根の外観からは想像できない奥行きで、壁の上には東海道五十三次の浮世絵が宿場順にずらり。「21丸子」「20府中」と、まさに今歩いてきた宿場の絵も並んでいます。店の前には十返舎一九『東海道中膝栗毛』の碑もあり、東海道づくしの空間です。

実はこの丁子屋、東京都内に支店にあたるお店があり、一度食べに行ったことがあります。味は遜色なかったのですが、やはり本店は雰囲気もさることながら、店が「東海道!」って感じで、より美味しくいただけました。おひつの麦飯にとろろ汁をかけて、薬味を添えて。とろろを揚げただんごも一緒にいただきました。

もちろん相方は大満足。この旅最大の目的は、昼過ぎにして無事達成されましたw

宇津ノ谷峠越え

お腹を満たして、いよいよ宇津ノ谷峠越えへ……の前に、ひとつ告白を。実はこの道に辿り着く前に迷子になりかけて、もうちょっとで反対方向の山の中に入りそうになりましたw 無事引き返して、国道1号を横切り、トンネル近くで休憩してから峠に向かいました。

道の駅宇津ノ谷峠に到着した時点で、万歩計は21,092歩。まだまだ歩きます。

トンネルに入る前の宇津ノ谷の集落は、石畳の道に伝統的な家並みが続いて、とても風情のある通りでした。集落の中には、小田原攻めに向かう秀吉に馬の沓を献上し、羽織を賜ったという言い伝えの残る「お羽織屋」もあります。

木段の山道を登っていくと、明治トンネルの入口へ。……のですが、このトンネル、なんというか「何か出そう」な雰囲気でして。きっと夜は何か出てくるんじゃないの?!と思いながら、薄暗い電灯を頼りに歩きましたw

とはいえ、明治時代にこんなトンネルを人の手で作れた技術力には頭が下がります。この宇津ノ谷には、旧東海道の峠道に加えて、明治・大正・昭和・平成と各時代のトンネルが並行して残っています。今に至るまでトンネルや高速道路を作り続けるくらい、この道は長きにわたって必要な道であり続けているんだなと実感しました。

岡部宿と大旅籠柏屋

峠を抜けると、「岡部宿」の看板と大きな「茶」の文字がお出迎え。江戸から数えて21番目の宿場、岡部宿に到着です。

岡部宿では、大旅籠柏屋の歴史資料館を見学しました。国の登録有形文化財にもなっている、江戸時代の旅籠建築です。

館内には、旅籠の一夜を再現した等身大の人形たちが。玄関で足を洗ってもらう旅人、一の間でお酌を受ける浴衣姿の客――人形たちがいるぶん、空間がリアルに見えました。ああ、この時代の人たちはこんなふうに旅をしていたんだ、と。

そして建物の中を歩いていて感じたのは、その狭さ。鴨居や天井の低さに、昔の日本人は現代人より小柄な人が多かったのかな

展示されていた旅道具や旅衣装も印象的でした。矢立、火打道具、小田原提灯……歩いて続ける旅なので、とにかくシンプルで少ない荷物。この装備で何日も歩き続けた江戸の旅人たちは、本当にすごいなと思います。リュックに湿布まで詰め込んでも足が痛くなる私たちとしては、頭が下がるばかりですw

中庭では鯉のぼりが泳いでいました。ゴールデンウィーク、端午の節句の季節です。

締めは焼津で

この日の宿泊は、岡部宿の通り沿いにホテルがなかったため、バスとタクシーで移動して焼津のビジネスホテルへ。宿場町なのに泊まれない――現代の東海道歩きあるあるです。

焼津といえば漁港の街。お魚が食べられるかとお魚センター界隈へ探しに行ったところ、夜はほとんどのお店が閉まっているという罠w ウロウロした末にたまたま見つけた定食屋さんに入ったら、これが大当たり。お値段以上のものすごくボリューミーな料理ばかりが出てくるという嬉しい展開に驚きました。

バイ貝の煮付けに、分厚いだし巻き卵(これはお通し)、山盛りのサラダ、お刺身の盛り合わせ、焼き魚の干物。テーブルには旅のお供の三日月と太郎太刀も同席ですw

来店時には通りがかりの旅のライダーさんや近所のお馴染みさんがやってきたりと、賑やかで温かいお店でした。残念ながら今はもう閉業してしまっているようですが、旅先での一期一会、忘れられない夕食になりました。

この日をふりかえって

この日の歩数、38,079歩。1年ぶりの再開初日としては、なかなか歩きました。

時代の流れが並行して残った道、それが東海道。

江戸から続く安倍川もちととろろ汁、明治のトンネル、現代の国道1号と高速道路。いくつもの時代の道と味が重なり合うルートを、自分の足で歩いた一日でした。

そして朝のおやつ、昼、夜と、美味しいご飯に出会えてしあわせでした。

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