吉原の朝

この日の朝は、前日からお世話になった吉原の旅館の朝食からスタート。

しらすの小鉢に干物、卵焼き、野菜の小鉢。どれも素材が新鮮で、歩き始める前の腹ごしらえにぴったりの和定食だった。ごちそうさまでした。

外に出ると、雲ひとつない快晴。駐車場の向こうに、雪をかぶった富士山がぬっと立っている。今日は一日、この山と一緒に歩く。

富士山愛にあふれた街

吉原といえば「左富士」。東海道を京へ向かって歩くと富士山はずっと右手に見えるのだが、ここ吉原ではルートの関係で左手に見える。それが珍しくて名所になり、広重の浮世絵にも描かれた。その碑をしっかり見学。

そして歩けば歩くほど、この街の「富士山愛」に驚かされる。

– 道が富士山に向かってまっすぐ伸びるように作られている

– とある企業のそばのベンチが、バスの来る道路側ではなく富士山の見える方を向いて設置されている

– 景色を邪魔しないような建物の作り

– 富士川橋の欄干には、富士川と富士山のベストショットの位置がしっかり明記されている

工場と煙突の間からも、住宅の隙間からも、とにかくどこからでも富士山が顔を出す。生活の中に当たり前に富士山がある街だった。

富士川橋からのベストショット

富士川橋を渡る。昭和初期竣工の趣ある鉄橋で、歩道から眺める富士川と富士山の組み合わせがとにかく素晴らしい。

堰を越える水の白いしぶき、ゆったりした川の流れ、その向こうに残雪の富士。この日いちばんの景色はここだったと思う。歩いてきた人だけが正面から受け取れるご褒美みたいな眺めだった。

のどかな山道と、巨大インフラと

富士川を渡ると道は山へ。ここからはアップダウンの続く、のどかな山の中の道になる。

途中、金網越しに東名高速を見下ろすポイントがあった。江戸の道の眼下を現代の道が走る、旧街道歩きならではの立体交差。

かと思えば、山の斜面を何本も駆け下りる発電用の巨大な水圧鉄管が現れたり。菖蒲が咲いて鯉のぼりが泳ぐのどかな景色と、巨大インフラが交互に出てくるのがこの区間の面白いところ。

そしてこの日どうしても寄りたかったのが、栗饅頭のお店。昔、東海道沿いで作って売られていた饅頭を再現したものだそうで、購入して休憩がてらベンチでいただいた。

今の栗菓子のようなしつこさがない、とてもやさしい味。歩き疲れた体に染みた。

お昼は道路沿いにあった町中華のようなお店で青椒肉絲定食。こういう店がまたうまいんだな。

いなば食品、ここにあったのか

由比に近づいてきたところで、街道沿いに「いなば食品 静岡工場」の看板を発見。スーパーでよく見かけるあのツナ缶の工場はここだったのか! と妙な親近感。由比・蒲原はもともと海の幸の加工が盛んな土地だから、納得の立地ではある。

由比漁港には漁船がずらり。桜えびの本場である。……が、タイミングが悪く、由比では何一つ買うことができなかったw 直売所の看板が切ない。次に来るときは必ず。

そして、薩埵峠を目前に

由比から薩埵峠へ向かう途中、相方の足の調子が悪くなってきた。長時間歩いたことによる靴擦れも起きていて、歩くのがつらそうだった。

実はこの靴擦れ、私たちの歩き旅ではほぼ毎回ふたりとも悩まされてきた宿敵である。

薩埵峠といえば広重も描いた東海道随一の絶景ポイント。ここまで来て断念するのは悔しい。でも、相方の「だめだ」の一言で、じゃあ電車、と即決。こういう時は無理しないのが一番。旅は続けてこそ、である。

由比駅から電車に乗り、その日宿泊予定だったホテルへ移動した。

締めはマグロ丼

ホテルに着いてから、ふらりと入ったお店でマグロ丼。断念の悔しさも、うまい鮪と味噌汁でだいぶ癒された。

この日をふりかえって

**大きい富士山に圧倒された一日でした。**

朝から晩まで、どこを歩いても富士山。街のつくりまで富士山を向いている。薩埵峠には届かなかったけれど、もう十分すぎるほど富士山を浴びた一日だった。

ちなみに――薩埵峠はこの8年後、2026年に箱根峠とともにリベンジすることになる。それはそれでいろいろありましてw その話はまたいつか。

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